Stan Getz "Prezervation"を聞く

 1949~1950年録音、Prestige。GetzはもちろんJimmy Raneyが素晴らしい。

1949~1950年、Miles DavisはBirth of the coolというアルバムを録音しているが、このPreservationというアルバムはGetzの考えるcoolという感じか?

第二次世界大戦が終わった、勝った、と浮かれてばBopみたいなHotで騒がしい音楽に浸ってきたが、冷戦も始まりそうだし、新しい静かでCoolな音楽を・・・ってなところか。

Stan GetzはLester Youngみたいに吹くことで、Coolを体現した。

興味深いのは、Raney作曲の"Be Still, TV" と"Short P, Not LP"だ。まず曲名がシュールだ。最初のは「TVうるさい、静かにしろ」か?次のは全く意味不明。WikiるとLPレコードが1948年に市場に出回り始めたということは分かるが・・・曲名もさることながら、イントロでBlossaom DearieとJimmy RaneyがJackie and Royみたいな歌い方でを歌うのもおかしい。(ただし、この二人の歌も何の意味があるのかは不明)

TVもアメリカでは戦後普及した。当時出て来たTVやLPやらの新しいテクノロジーに対する驚きが彼らにインスピレイションを与えたのか?

更に興味深いのは、(というか、意味不明なのは)アルバム全12曲のうち、GetzやRaneyたち作曲のオリジナル曲が7曲1949年に、Stardustといったガチガチのスタンダードが5曲1950年に録音されていること。それぞれ全く違うスタイルで演奏される。つまり、本来なら別々のアルバムすすべきところを「尺」が足りないから一緒にして1枚のアルバムにした、という疑惑が・・・。

閑話休題:

Lester Youngの全盛期は彼が戦争に取られる前の1944年までだと言われる。1950年以降は録音技術も発達したが、Lesterの全盛期の演奏を1950年以降の新しい技術で録音出来たらどんな音だったんだろう、と思う。(その音とGetzの音を聞き較べたいものだ)戦争から復員して来たLesterの録音も多く残っているが、「全盛期はこんなんじゃないかった」と知っていると悔しい思いが・・・

GetzをWikiったら、彼もウクライナ系ユダヤだった。これも知らなかったが、彼は1958年から1961年までコペンハーゲンに移住していた。何故か?についてはWikipediaには何も書いてない。ユダヤ人差別か?いや、ユダヤ人差別ならヨーロッパにもあるだろう。分からない。

Milesは1940年代のBopに始まり、1950年代はCool、1950年代末にModeに進み、1960年代末にはエレキ・電子・ロックに移った。流行を作り、また流行の最先端を行った。

Getzは1940年代のSecond Herd(West Coast)に始まり、1950年代にCool、いったんヨーロッパに逃げ、1960年代にはBossa Novaを流行らせた。

二人とも「次は何が流行る?」と考え、実際流行らせた。

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