嗚呼、香港
2003年にNHKでOAされた香港の海鮮料理の歴史物語を見る。ちょうど2003年頃(2005年前後)に1回だけ香港に行ったことがある。香港は1997年にイギリスから中国に返還されたが、当時まだ中国共産党支配の影響はほとんど感じられなかった。俺は、中国は2001年の天津を皮切りに15,6年間で北京、浙江省、江蘇省、上海、広州などに行った。(海沿いばかり。四川省ほか山の中には足を踏み入れなかった。一時期、天津には毎月のように行っていた。)
外国の空港に行くと、匂い・空気の変化を感じたことがあった。よく、韓国の空港に着く(飛行機に乗ると)とキムチの匂いがする、と言うが、俺は韓国に行ってもそんな匂いは感じなかった。しかしアメリカでは東海岸のニューヨークやワシントンの空港に着くと緊張感・冷たい空気を感じ、消毒液のような或いはインクのような匂いを感じた。アングロサクソン支配の匂いだったか?ヒスパニックや黄色い肌の人の多い西海岸では緊張感のない、温かい空気を感じた。中国でも北京は緊張感、冷たさ、「誰かに見られてる感」を感じた。北京は共産党支配の圧を感じるのか?これが上海に行くと、商売の町、生き馬の目を抜いて稼ごう、という感じに。(北京では下手すると命取られる、という緊張感。上海では命までは取られないという安心感)。更に南に行って広州になるとdullという言葉がぴったりの、一歩裏路地に入ればアヘンを吸ってる人がいそうな、ゆるい、怪しい感じになる。
さて、2003年から20年経って香港は中国共産党支配が露骨に現れて来た。俺は中国に返したんだから当たり前だ、と思う。中国共産党は、1997年からよく10、20年間我慢した、と思う。もっと言えば、イギリス、アメリカが20世紀に入って「植民地は悪だ」って言い始めて日本の満州支配などは「悪」とされた。同時に一方でイギリスは一片の条約を根拠に香港を手放さなかった。アングロサクソンの図々しさ・傲慢と中国のお行儀の良さ・懐の深さを感じる。第2次世界大戦後、すぐに「香港を返せ」と言っても良かった。イギリス人が中国共産党の香港支配を非難しても習近平から言わせれば「昔、イギリスが中国に対してやったことを考えれば、いま中国が香港に対してやってることなんてかわいいもんだ」だろう。中国人が偉い・懐が深いと思うのはそう思ってもプーチンみたいにそれを言わないところ。
閑話休題:
香港で食ったのは海鮮ではなく、昔ながらの干し鮑、燕の巣、フカヒレだったように想う。これが当時は定番だった。シンガポールで食った海鮮料理は香港スタイルだったことに今更気づく。様々な面で香港はシンガポールの手本だった。
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