日本が「"自称"民主主義国家」なのがよくわかる…ユダヤ人哲学者が見た、日本とナチスドイツの共通点

 反証可能性」という概念は開かれた態度を導く。科学は開かれた態度でなくてはできないという思想がその背後にあるのだ。このことは、彼が必死になって擁護しようとした自由主義の理念と通じる。彼にとって、自由主義は満場一致の正反対であって、ある提案に対して反対意見が次から次へと出されることで保障されるものなのである。

 たとえば町内会というものがある。日本中どこにもあるだろう。町内の住民が集まる会合である。ところが、たいていの町内会では議案が提出されても誰もこれに異議を唱えない。これでは会合を開く意味はない。しかし、異議を唱えないことが慣行になっているのだ。そういうわけで、会合は満場一致の拍手喝采で終わる。自称民主主義の基礎がこれであるとすれば、ポパーの出る幕はない。 ■全体主義がユダヤ人排斥につながった  それにしても、ポパーはどのようにして「反証可能性」なる概念を思いついたのか。  彼がウィーン生まれのユダヤ人であったことと関係するだろう。ヒトラー率いるナチスが勢力を増していくのを見て、彼はニュージーランドへ逃れた。  彼が恐れたのはなにより全体主義だった。団結を重んじ、反対意見を削除し、異分子を排除するシステムがドイツを支配し、その結果、ユダヤ人排斥となった。彼はそのようなシステムだけは許してはいけないと思ったのだ。それが彼の基本理念である「反証可能性」と「開かれた社会」になったと思われる。  ポパーは科学哲学者として有名だが、会社経営に関心のある人ならドラッカーを知るべきだ。現代経営学の祖である。彼もポパーと同じくウィーン出身のユダヤ人。全体主義を嫌悪した点で2人は共通する。分野はちがえど、基本的価値観は同じだ。ポパーの本が難しいという人には、ドラッカーの本をお薦めする。日本で400万部も売れた本の著者だから、知っている人も多いだろう。  (参考文献)  野家啓一『科学哲学への招待』ちくま学芸文庫、2015年  小河原誠『ポパー 批判的合理主義』講談社、1997年  P・F・ドラッカー『[エッセンシャル版]マネジメント 基本と原則』上田惇生編訳、ダイヤモンド社、2001年


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