神谷美恵子 著 「生きがいについて」 (別名“自己忠”の勧め)その10
生きがい喪失者の心の世界⑤苦悩の意味
苦悩が人の心の上に及ぼす作用として一般に認められるのは、それが反省的思考をうながすという事実である。苦しんでいる時、精神的エネルギーの多くは行動によって外部に発散されずに、精神の内部に逆流する傾向がある。そこにさまざまの感情や願望や思考の渦がうまれ、ひとはそれに目を向けさせられ、そこで自己に対面する。人間が真にものを考えるようになるのも、自己に目覚めるのも、苦悩を通して初めて真剣に行われる。(略)苦しむことによって人は初めて人間らしくなるのである。(略)すべて前世の因縁であるという仏教的な見方で、身の不運を達観し、静かなあきらめと忍従の境地に生きる人は東洋の私たちの周囲に少なくない。それからまた、キリスト教的な「終わりまで忍び果たせたものが天国で幸福になれる。こここの世に於いてのみ、神のために苦しむことが、あなたに与えられているのだ」という教えもある。(略)自分に課せられた苦悩を耐え忍ぶことによって、その中から何事か自己の生にとってプラスになるものをつかみ得たならば、それは全く独自な体験で、いわば自己の創造といえる。それは自己の心の世界を作り変え、価値体系を変革し、生存様式をまったく変えさせることさえある。ひとは自己の精神の最も大きなよりどころとなるものを、自ら苦悩の中から創り出しうるものである。知識や教養など、外から加えられるものとちがって、この内面から生まれたものこそいつまでもその人のものであって、何ものにも奪われることはない。
「苦しみを苦しむ」のは無駄ではない。内面から生まれ、誰にも奪われない拠り所を創り出す。
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