100年前のClarence Williamsを聞く
今でもかろうじて残っているが、主に音楽を記録するレコード/アナログレコードというメディアがある。1980年代CDが普及して以来記録メディアとしてはほとんど絶滅しかかっている。(逆に言えば20世紀中に絶滅すると思いきや、何十年もしぶとく生き残っている)CDはポリカーボネートでできた円盤に凸凹を作ってその凸凹が0か1かのデジタル信号となる。レコードは、マイクに伝わった音が塩ビの円盤上の溝となってアナログ信号になる。
Wikipediaによればレコードは初期はプラスチックの円盤でなく、金属の円筒だった。これがシェラックというプラスチックの円盤に変わった。(SP盤)SP盤は音溝の幅が広く、片面の収録時間は直径10インチの盤で3分、12インチで5分だった。これが1950年代に塩ビ製の円盤に変わり、録音技術も進歩して音の溝が飛躍的に細くなって直径12インチで片面30分となった。(LPレコード)これが今でもレコードと呼ばれるメディアとして生き残っている。
俺の好きなジャズレコードLPも1950年代前半までに録音されたものはSP盤に録音されたのをLPに再録音したものが多い。SP盤は10インチが主流で上述の通り3分という時間の制約があった。従い、SP盤に録音された演奏はほとんど3分前後の演奏である。イギリス人(だけじゃないかも知れないが)はジャズ(だけじゃないかも知れないが)の演奏をプレーヤーごとに録音日の順(chronological)に並べてコンピレーションCDにするのが好きだ。ある意味、真のレコード(記録を残す)ということ。演奏に対する好き嫌い、優劣の評価をせずに淡々かつ網羅的に順番に並べて収録する。当然、そのCDにはdiscographical data…いつどこでどんなメンバーで演奏されたのかの情報…を記したパンフレットが付く。アメリカ人は自国の音楽であるジャズをこんなに丁寧に扱わない。特にdiscographical dataなんて重きを置かない。CDの収録時間は79分。SP盤に収録された演奏をCDに再録しようとすれば25曲入り、と言うことになる。たくさん録音を残したプレーヤーの全演奏をこの手のCDにしようと思えば何十枚というボリュームになることもありうる。SP盤に録音されたような古い演奏なら著作権は切れているから遠慮しないでCDに再録して売ることが出来る。
さて、Clarence Williamsという耳慣れないプレーヤーの演奏をいいと思ったのは、最近のことだ。俺のジャズレコード、CDのコレクションはアルバムで約1850枚だが、そのうち、コレクター仲間や図書館から借りたレコード、CDをカセットテープにダビングしたものがカセットテープ500本分ある。これでLP800枚くらいに相当するが、このテープに番号を振ってあり、1番のテープから順番に聞いている。ダビングの時に聞いてから何十年も聞いていないので死ぬまでにもう1回は聞こうと思い、寝る前、あるいは寝ながら強制的に聞いていて、聞きたいから聞く、という聞き方ではない。ところが、Clarence Williamsを聞いたらとてもよかった。そこでコレクタースピリットが刺激され、CDを買おうとAmazonをチェックしたら2枚組のコンピレーションアルバムがたったの!?988円で売りに出ていた、という次第。1921年から1937年までの演奏が2枚組CDに50曲。CDやレコードを買う前には既にコレクションされていないか、重複をチェックする。何回か同じレコード・CDを買ったことがある。ひどい場合には全く同じコンテンツのアルバムを、懲りずにレコードで2回、CDで2回買ったことも。チェックした結果、Amazonで見つけたCD収録の50曲のうち、すでにコレクションしている曲は10曲だったので購入を決めた。このチェックを完璧にしようと思ったらコレクション全部のdiscographical dataを検索しやすい形(エクセル)で残しておく必要があるが、この作業は死ぬまでに終わりそうにない。そこで重複購入防止のための最低限の情報としてアルバムのリストだけは作っている。ちなみに今回購入の2枚はアルバムリストの1849番。このアルバムリストの付番のルールもいい加減。2枚組を2枚とカウントするのか1枚とカウントするのかはその時の気分次第。このCD購入で面白かったのは2月25日発注時点では納期4月9日だったのが実際には3月13日に配達されたこと。在庫は海外にあって、それを船便で取り寄せたのか?事情経緯が分からない。それから値段から考えて絶対中古だと思っていたら新品だった。どうでもいいことだが、同じCDが新たにAmazonで¥933で売りに出ている。面白くないような、面白いような・・・
さて、購入したClarence WilliamsのCDだが特に2枚目の1928年以降の演奏がよい。古めかしい。その古めかしさがよい。ブンチャ、ブンチャのリズムもよい。当時のスタンダードだったコルネット/トランペット、トロンボーン、クラリネット、アルトサックス、ピアノ、バンジョー/ギター、ベース/チューバ、ドラムスというフォーマット。ウォッシュボードつまり洗たく板の凸凹をこすって音を出すのもご愛敬。ちなみに彼はピアノとボーカル担当。曲のタイトルも面白い。一番面白いのがI can't dance I got ants in my pants.だ。ほのぼのとしたタイトル。(聞いてみるとコールアンドレスポンスで快調なテンポのボーカルがメイン…しかし、アリがパンツの中に入って…なんて歌詞をどうしてまじめに歌えるんだろう?)Let every day be mother’s dayって何だ???マザコンの歌か?Milk cow blues・・・乳牛ブルース。日本人には理解不能なセンス、というか、いい加減なタイトルの付け方。これも好ましい。There gonna be the devil to pay・・・これは意味がわからないのでネットを当たったら、「そんなことしたら後が怖い(たたるぞ、ヤバイぞ)」という意味らしい。 I'll be glad when you're dead, you rascal you...というフレーズを延々と繰り返すYou rascal youも歌詞とは裏腹にほのぼの。100年前にしては録音(音)もよい。参加メンバーはものすごい。後年名を成す超大物黒人プレーヤー、Louis Armstrong,Sidney Bechet,King Oliver,Coleman Hawkins,Jamps P. johnson,Don Redmanなどなどがサイドマン。彼らは1920年代後半から1930年代初めに売れ出すのだが、その前の修行をClarence Williamsの下でやっていた。黒人ジャズプレーヤーの育ての親といってもよい。25曲目のTop of the town・・・クラリネットとテナーサックスの歌伴が優雅、典雅で実に素晴らしい。1937年の録音。特にクラリネットのBuster Baileyがいい。これだけ楽しめ、豊かで幸せな気持ちになれて、久しぶりに「生きててよかった」という感じ。それがたったの¥988だ!
閑話休題:
1928年という年はアメリカのジャズレコード史上のピークの一つであった。なんといってもLouis ArmstrongとEarl Hinesコンビがその後のジャズ・パフォーマンスの原形を示した歴史的演奏と言われるWest End BluesとWeather birdを録音した。このあと1940年、1956年と2回のピークが来る、というのが俺の意見。この都合3回のジャズレコードのピークのそれぞれ翌年にアメリカでは大恐慌、真珠湾襲撃、スプートニクショックという大事件・危機が起こる。1956年のピーク以降、ジャズにピークは来ない。ビートルズ、ロックにやられた。今でもジャズは絶滅はしてないが、俺の好きなジャズは1960年代に終わった。微妙なのはボサノバを多くのジャズ・ミュージシャンが手掛けたこと。これをジャズと呼ぶべきか?誰かさんが言っていたが、「いいジャズなんてない。あるのはいい音楽だけだ」なんて。ちなみに日本の歌謡曲も俺的には、今井美樹、宇多田ヒカルあたりで終わった。21世紀に入ってからは日本の歌も分からなくなった。この文脈で1960年代とか21世紀と言うのはあくまでイディオム・スタイルのことで、仮に2000年に古いイディオムのボサノバが演奏された場合、1960年代というくくりとなる。
chronological を長年chronogicalと勘違いしていた。このブログを書くに当たりスペルチェックをして分かった。
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