ルパン3世PART2(『ルパン三世(TV第2シリーズ)』)

 MXで「ルパン3世PART2」の、宮崎駿脚本・演出回を再放送すると言うから録画。

Wikiると、このPart2は日テレで1977年から3年間続いたそう。

宮崎駿が関わったのは、2回しかない。

145話の「死の翼アルバトロス」と最終回(155話)の「さらば愛しきルパン」だ。

録画した「死の翼アルバトロス」を見る。実に面白い。TV全盛期を1980年代とすればその前夜、色んな才能とやる気を持った人達が寄り集まって、ああだこうだ、とワイワイ作ってる感じがひしひしと伝わってくる。なんてったって、この頃はコンプライアンスとかポリティカルコレクトネスなどという代物がなくって、伸び伸びやっていた。古き良き時代。どうしてこの頃に戻れないんだろう?

生まれ年をチェックすると:

プロデューサー:1936年

脚本:1936~1951年

音楽:1932年

声優(山田康夫):1932年

声優(増山江威子):1936年

作画監督:1942年

※戦前戦中生まれのリーダーたちが40前後の働き盛りで一部団塊の世代を使って、未知のものに挑戦し、作り上げた。考えてみればアニメに限らず、日本ではあらゆる分野で戦前戦中派が働き盛りで団塊の世代を使って新しいものを作り出そうとしていたのだ。誰もやったことがなかったから、自分たちで勝手に流儀を編み出だして自由にやった。例えば、

このシリーズから大野雄二が抜擢されたが、プロデューサーから大野への注文は「クインシー・ジョーンズで」の一言だったという[9]。(Wikipediaより)と言った具合。

指示する先輩上司も訳が分からずいい加減だし、指示を受ける方もいい加減。いい加減だが無責任でもないし、逃げもしなかった。つまり前例がなく、一方で「何か新しいことをしでかしてやろう」という山っ気だけはあった、ということ。

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