石原莞爾の遺言?

 1955年文藝春秋掲載の”「知謀」辻政信、「天才」石原莞爾を語る”より抜粋:

(1)日本の経済再建を、正しい統制主義の下に発展させることを主張するであろう。人類の歴史は専制から自由へ、自由から統制への歩みを続けていると見ていたからである。

(2)外交では、米ソの両軍営の外に、アジア連盟を強化し、インドのネールと結び、中共をアジアの陣営に復帰させることを主張するであろう。(後略)

(3)軍備は、米国の代理軍隊ではなく、戦争の渦中に入らないで、中立を維持するための最小限の、しかも郷土毎の自衛に徹し、平時は生産に協力する新軍備を主張するであろう。

(4)都市偏重の不健全な現状を改め、農工一体の新しい国づくりを主張するであろう。日本は土地も狭く、資源も貧弱であり、人口は過剰だ。それに対しては部落中心の特性を生かして、独自の方法を採用すべきであり、国民を食糧生産力に応じて全国農村に再分配し、食糧を自給しながら、工業を発達させる。機械工業に例を取るならば、農村の小作業場では部品加工を分担し、これを適当の地域ごとに国営または組合経営の親工場が統一総合する。このような分散統一の経営こそ今後の工業生産の眼目たるべきものであると主張していたからである。

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専制から自由へ、自由から統制・・・自由から統制なのか?自由から統制を経て破滅するのではないか?かつては石原莞爾も日米最終戦争と言っていたから、どちらかが滅ぶような大戦争が起きると信じていたはずだ。

米国の代理軍隊・・・意味するところが分からない。駐日米軍のことか?

中立を維持するための最小限の、しかも郷土毎の自衛・・・駐日米軍をどうやって排除するか?どうせまともに戦える軍隊を作るのは無理だし、軍隊があっても狭い国土の日本では戦争には勝てないという諦めがあったのではないか?だから、ぞれぞれの地方ごとにゲリラ戦を戦う軍隊を想定していたのではないか?

平時は生産に協力する新軍備・・・これは素晴らしいアイデアだと思う。どこからか攻められなければ存在意義のない自衛隊・・・石原は、戦争しない時期の”軍人”のモチベーションの維持や、”反乱”抑止の重要性を誰より知っていた。だって、自分自身が政府の意志に逆らって満州事変を実行したんだから・・・自衛隊は開闢以来戦争していないが、モラル維持ができているのか?自衛隊員に農作業や工場勤務などをしてもらうのはその観点からいいことだと思われる。

食糧を自給しながら、工業を発達させる・・・農村では大規模工業はできない。一方で21世紀に至り、農業、工業、金融・・・をバラバラにして分業させ、一見効率はいいが、うまく回らない資本主義をどうすればいいのか絶望的に分からない。アメリカという傘・温室のおかげで腑抜けになり、食糧自給という基本動作すらできない日本。

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