日本に戦略的思考はあるか

 文藝春秋PLUSに安倍政権時代日本国駐中国特命全権大使だった垂秀夫氏が「日本に戦略的思考はあるか」と題して日本外交に関して自分のやってたことの自慢と、安倍政権前後の政権の外交の戦略のなさを嘆き、かつああしろ、こうしたらいい、とアドバイスしている。

一読して「日本人に戦略なんて無縁・無理だ。だから日本は外交なんてできない。だから鎖国すべきだ。」というのが俺の感想だ。垂氏は明治維新をやった連中には戦略があったと言う。確かに日本の歴史を振り返ると、例外的に戦略的(=戦い好き)だったことがある。それは①6,7世紀(藤原家が朝廷支配を始める前)②16世紀(徳川家が安定政権を始める前)③19世紀後半の明治維新前後の3つの時期である。これらの時期は日本人が珍しく好戦的になり、従って戦略的にもなって、中国にも攻め込んでいった時期である。

戦略とは戦いに勝つためのものだが、日本人はそもそも戦いに勝つなんて発想が弱い。それよりは、①のあとの平安時代、②の後の江戸時代、③の後の戦後みたいに、平和ボケが大好きなのだ。結局、①の時代は百済復興を頼まれて663年の白村江の戦いに臨んで負け、唐との緊張関係が続いたが、8世紀以降唐は内戦状態になり、日本も平和ボケとなって終わった。②の時代は1590年代の豊臣秀吉の明征服戦争で終わった。これは無謀な秀吉の妄想を誰も止められなかったことによる。ただし、この頃、明自体も弱体化していたから、日本軍は朝鮮から撤退し、再び平和ボケになれた。③の時代は中国に手を出し、アメリカに負けて終わる。日本人はアメリカによって去勢され、戦争を放棄させられ(自らもそれを望んだ)外交についても自ら考え実行することを禁じられた。同時に冷戦が始まって日本はアメリカの属国となった。

日本人の「戦い」など、せいぜい、①の時代には自分(あるいは自分に都合のよい人)を天皇にするにはどうしたらいいのか?といった朝廷の争いの延長線②の時代には天下を取るにはどうしたらいいか?といった国内の戦いの延長線③の時代には先輩帝国主義国に伍してその真似をするにはどうしたらいいか?程度のものだ。そして結局、無謀な戦いを始めるが勝つことはできない。ただし、不思議なことに、奇跡が起きて、それぞれの戦いの後、疲れて厭戦的になった日本は滅亡を免れ、本来の平和ボケにひたることができる。

①の時代は天皇が主役であった。(曽我・物部といった豪族の傀儡でもあったが)

②の時代は天皇はかなり形式的ではあったが、将軍を任命する人であった。

③の時代は天皇は祭り上げられ、支配層に利用された。

垂氏には、日本史をもうちょっと勉強し、また、日本人とはどういう人種で何が得意で何が不得意かを学んでもらいたい。つまり、浅薄なのだ。逆に言えば、こんな人に外交官をさせるなんて、外務省にも人材がないなあ、と。もっとも、自主外交を許されなかった日本の外務省に人材は不要だが・・・

垂氏の言う通り、外交の発想は「他国は自国を陥れよう、滅ぼそうとしている」に基づかなくてはならない。俺は日本人には「他国を敵と思って戦う」のは難しいと思う。「みんな仲良く」なら得意だが。日本人が敵にできるのはせいぜい同じ日本人のライバルだ。言葉も肌の色も宗教も違う他国を敵として研究し戦うことはできない。恐れたり馬鹿にしたり好いたり嫌ったりはできるが・・・。

だから、日本人には他国と戦うことも従って戦略も無理だ。

日本人は協力して仲良く稲作していればよかった。そうすれば豊かな自然が恵みを与えてくれた。天皇はその恵みを神に祈りまた感謝する存在(神と人間の仲介者)だ。

漢民族は協力して稲作もしたが、同時に周囲の他民族からの侵入とも戦った。他国他民族を敵と見る素地ができている。神は勝者に宿る。勝ったもん勝ちだ。神を味方につけたければ勝つしかない。

アメリカ人(キリスト教徒)にとって自然だって人だって同じ神の創造物である。自然は圧倒的な力をもつが、克服しコントロールすべきものだ。神を味方につけるには、神の言うことを聞き、神との契約(約束)を果たすことだ。


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