デフなら使っていいんだな

 何故、「デフリンピック」と堂々と言えるのか?

日本語で言えば「つんぼ・おしスポーツ大会」だ。

日本では「つんぼ・おし」は差別用語=使用自粛用語だ。デフリンピックと堂々と言うんだから英語ではdeafは差別用語でも使用自粛用語でもない。全く訳が分からない。

差別用語なんていうものは、どうせ、アメリカの意識高い系が発明したのを流行ものの好きなおバカな日本人が真似したものだ。アメリカでdeafが差別用語とされてないなら、「つんぼ・おし」もそうすべきではなかったか?

”つんぼ桟敷”なんて味わい深い、いい言葉だ。差別用語・使用自粛用語の氾濫は日本語を貧困にするだけだ。(”めくら判”も好きな言葉。何千回、何万回と押した)

さて、デフな人(「つんぼ・おし」)はスポーツにおいて、どうして健常者に伍して戦えないのか?めくらの人や手足や頭脳・神経が不自由な人に比べればハンデは小さいように思うのだが…例えばマラソン・競歩なんか、耳が聞こえようが聞こえまいが関係ないように思われる。


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