志ん生の「芝浜」を聴く

 ”芝浜”は、三代目桂三木助の十八番のネタ。1961年に死亡。志ん生は、

「芝浜は滅多にやらないが、三木助さんが『遠いところに行っちゃった』から、この噺をやる」と断って噺を始める。従って演じたのは1961,2年だと思われる。

魚屋の熊さん、酒に身を持ち崩して貧乏に。お上さんは、熊さんの「これで酒は最後にするから」という常とう句にぶつぶつ言いながら、不承不承、着物を質に入れて酒を買う。不思議だ。どうして酒飲みで嘘つきの熊さんの言うことをいつも聞きいれ、質屋通いをして酒を調達するのか?でも、志ん生が、このお上さんを演ずると、志ん生自身のお上さんがそうだったろうと思って、しっくりくる。不自然な所はない。わずか100年前の日本では、そんな夫婦が当たり前?だった…それでよかったと思う。

そして、本当に一念発起した熊さんが魚を仕入れる金を借りて来てくれ、と言うと、お上さんはおじさんの所に行って頭を下げて金を借りて来る。どこまで出来た上さんか。夫に尽くす。べつに夫に尽くすのが上さんの勤めなどと堅苦しいことを考えてのことじゃあない。ごく自然に、当たり前にそうする。志ん生が演じれば何の違和感もない。

芝浜に限らず、出来の悪い旦那をお上さんが叱咤激励したり、バカにしたりする噺は多いが、お上さんは旦那を見限る気遣いはない。「生涯家にいる」のが当たり前だ。

しかし、”芝浜”の熊さんのように本当に立ち直る職人や、”文七元結”の長兵衛や”火炎太鼓”の甚兵衛のように幸運に恵まれる職人は滅多にいなかったろう。飲む打つ買うで身を持ち崩し、立ち直れない職人と一生過ごした上さんの方が圧倒的に多かったのではないか。

閑話休題:

”子別れ”のお上さんは、女遊びの激しい熊さんを離縁して子供を連れて出ていってしまうが、真面目になった熊さんと復縁する。

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