国家公務員の定数削減

2025年10月18付け文藝春秋電子版、編集部日記に

農水官僚から漂うあきらめムード…「コメ失政」取材で見えた日本の農政の「詰み」

と題する記事。>>以下に引用するが、
 今度の米騒動に至る農水省の体たらくの原因の一つは、まともに米の出来具合も予測できない要員しかいなくなってしまったこと(役人の質・量の低下)だ、と。
という訳で内閣府の公表している国家公務員の推移(削減)を当たってみると、国家公務員全体の人数が一時期90万人だったのが、30万人に。 この削減の中には省庁の統廃合や一部組織の”子会社化”(例えば社会保険庁を年金機構に変えて員数外にする)、といった「組織改革」という名の細工もあるから、正確にどの程度の削減だったかは分からない。
しかし、「定員削減に関する最近の閣議決定」に書かれている平成16(2004)年閣議決定は、当時、俺の会社を含む日本のほとんどの会社がやっていた、業務改革とか、改善とか、合理化という名のリストラと寸分違わない。
俺の会社で、 俺自身当時何をしたかというと、「おかしいな」、とか「会社は終身雇用を信じて入社した社員を裏切っている」「この勢いのまま社員がゼロになったら会社って何のためにあるの?」などとは思ったが、リストラに正面切って反対する勇気はなく、「リストラの嵐からどうやって自分の部署(の部下)を守るか」しか考えていなかった。
1920年から始まった軍縮で兵隊の人数が激減し、10数年後には軍部はテロで日本を占領し、21年後、アメリカとの戦争を始め、日本は25年後に一旦滅ぶ。
2005年に始まった公務員の 大幅な定員削減開始後20年。 削減された 国家公務員によるテロは起きるのか起きないのか? あるいは、テロでなく、今回の農水省役人のようなミスや体たらくで日本が致命傷を負うようなことはないのか? この記事を読むまでもなく、農水省に限らず役人たちが絶望あるいは悲観しているのは間違いない。 そんな役人と権力闘争に明け暮れる政治家による行政では、日本国が進路を誤るのは間違いない。 が、それでいいのだ。他に日本をご破算にしてやり直す術がない。

>>「令和の米騒動」で、主食であるコメの危機を察知すらできなかった農水省ですが、彼らが日本の農業の未来をどのように描こうとしているのか。 今回の記事はそのような疑問からスタートしました。

僕は当初、農水省の劣化が問題点なのだろう、と、ぼんやり考えていました。 しかし、官僚、専門家、農家と取材を進めていくうち、その考えを多少、改めざるを得ませんでした。 もっと正直な気持ちを言うと、農水省に同情する気持ちも芽生えたのです。

なぜかというと、政府が経済政策を最重要視してきたことで、経済効率の悪い農業分野は二の次、三の次の産業として、人員も、予算も減らされ続けてきたからです。 農家と農地は減り続け、現状を維持することすらままならず、端的に言えば“オワコン”扱いで、農政のグランドデザインを描く余力すら奪われてきました。

たとえば農水省の統計職員は2004年時点から、8割以上も減っています。 これがコメの不作を察知できなかった一因です。 この数字を知った時は、目を疑いました。 しかし実は、農水省の元幹部によれば、統計職員だけでなく、農水省全体として、職員は減らされ続けているそうです。 彼は苦笑いを浮かべつつ、自虐的にこう話しました。

「要するに農水省には仕事がないでしょ、ってことです」

 また、別の官僚に話を聞いた際には、「なんでまた、農政を記事にしようと思ったんですか?」と逆に問われました。

 彼の一言は、我々に疑いの目を向けているのではなく、素朴に「どうして、こんな地味なテーマを取材しているのか」というニュアンスでした。

こちらは「コメ騒動で農政に注目が集まっているので……」と答えるのですが、注目もされず、人もカネも削られ続けた農水官僚たちは、軽視されることに慣れてしまっているのかもしれません。

 現在は霞が関を離れて研究職に就いている元農水官僚が、こう語っていたのが心に残っています。

「(農水省は)もうほとんど、完全諦めモードだと思います。いくらジタバタしても、知恵を絞ってもどうしようもないから、結局、現状維持的になってくるわけですよね。
今年、課長になった僕の元同僚は、以前は積極的に『こんなことをやりたい』とか、色んなことを言っていたんですけど、最近は余計なことを言わない。 頑張る、みたいな話をしなくなりました」

農家に聞いても、明るい話はやはり出てきません。 もはや政治に期待する言葉はなく、高校生の息子がいる山崎久信さん(51・仮名)は、後を継がせますか、という質問に対して「絶対に継がせません」と、はっきり断言しました。

取材を通して、このような言葉を浴び続けた結果、奥野さんの冒頭の発言が出たわけです。 日本の農政が「詰んでいる」ということは、日本の食の未来も詰んでいるということです。 そして、この現状を作ったのは、国の舵取りをしてきた政府が農政を軽視していたからに外ならないのです。

 ただ、奥野さんは将棋の話をしているのではない、というのを承知の上で言えば、現状は「詰んでいる」というよりも、次に正しい一手を指さなければ、自分の玉に詰みが生じる「詰めろ」がかかった状態になっている、という方がより正確のように思います。

つまり、劣勢ではあっても、正しい一手を指し続けることができれば、勝敗は決しません。 昭和の大名人、大山康晴が残した格言に、次のようなものがあります。

「助からないと思っても、助かっている」

他力本願のように聞こえますが、指し続ければ、何かが起こる。 もっと言えば、形勢がひっくり返ることだってある。 大事なのは、歯を食いしばって正着を指し続けることです。

国が農業を軽視し続けてきた長い歴史を踏まえれば、一発逆転など到底ありえないでしょう。 もちろん劣勢を招いた責任は、農水省自身にもあります。 物事はそう単純ではないのもわかっています。 それでも、農水省には、あきらめず地道に正着を指し続けて、決して自分たちから投了することだけはしないでほしい――。

 農政を憂う、いち将棋ファンとして、今回の取材を通して、そんなことを思いました。

(編集部・寺島)

以下に内閣府が公表している国家公務員定数推移:

””売国奴”小泉純一郎内閣が閣議決定した平成17(2005年)年度削減目標。 言ってみれば、この、父親の公務員削減の結果、令和の米騒動が起き、息子が”尻拭い? ”で農水大臣をやらされる羽目に。 平成17年度以降令和7年までの推移も末尾に。




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