YouTubeに登場する賢い人たちと226事件の首謀者たち


2.26事件を起こした陸軍・皇道派に関するWikipedia記載より:

 この派は荒木・真崎を代表格とし、前述の将官の他、1932年(昭和7年)2月に参謀本部第二課長(作戦担当)ついで第三部長(運輸・通信担当)となった小畑敏四郎、憲兵司令官ついで第二師団長となった秦真次、小畑の後任の作戦課長である鈴木率道、陸大教官の満井佐吉らが首脳部をなしていたが、省部の中堅将校からはほとんど孤立した存在であった。皇道派が「国家革新」の切り札と頼む武力発動の計画に当たったのは、村中孝次磯部浅一ら尉官クラスの青年将校団である。

皇道派青年将校がクーデター計画に狂奔したのは、彼らが陸軍中央に近い統制派ほどに具体的な情勢判断と方針を持たず、互いに天皇への忠誠を誓い、結果を顧みずに「捨石」たらんとしたという思想的特質にもよる。

(略)

また彼らの信頼を集めた荒木や真崎も、自分たちが首班となって内閣をつくることを予期するだけでその後の計画も無く、各方面の強力な支持者もいなかった。とくに財閥官僚には皇道派を危険視する空気が強く、彼らが政権を担当する条件そのものが欠落していた。

それだけに、成果の見込みの有無を問わず危険な行動に走るという特徴が表面に現れた。その特徴こそ、軍部・官僚・財閥のファッショ的支配を押し進める露払いの役割を果たした。

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上述の人物の生年を羅列すると:

226を裏で画策・扇動した 小畑1885年、秦1879年、鈴木1890年、満井1893年(226当時50歳前後)   北一輝:1883年生まれ(226当時53歳)

実行犯 村中1903年、磯部1905年、栗原1908年(226当時30歳前後) だ。

リハック他YouTubeに登場する論破が得意なひろゆきが1976年生まれ、成田悠輔が1985年、高橋弘樹が1981年、石丸伸二が1982年生まれで45歳前後だ。そして彼らに感心したり教祖と心酔して安芸高田市の居眠り議員みたいな、教祖が抹殺しようとした者を脅かして実際に死に追いやろうとする狂信的なテロの実行犯が30歳前後か?

リハックに登場する賢いみなさんの会話を聞いていると、「俺たちだけが分っていて日本を変えようとしてる」「ついてこれないやつらはバカだ」「バカは切り捨てよう」という空気を感じる。つまり日本を変えるのは国民のためではなく、承認欲求=YouTube再生回数の故だ。2.26事件の首謀者たちも北一輝などの扇動者や右翼を交え、また身内だけで集まっては「俺たちだけが」と会話が弾んでいたんじゃあないか?テロによって政権を奪っても、政権担当能力がないということも共通していそうだ。つまり、官僚・財界そしてメディアをテロの脅しで制圧できたとしても政治を行う資質も能力もなさそうだ。違う所は、226の首謀者たちには「血の盟友」といった絆・同志感・湿っぽさ・熱さあったように思われるが、賢いYoTuberたちはバラバラでドライでクールな感じだ。「具合が悪くなったらすぐやめよう」といった感じもあるし、短期間でどんどんやることを変えるのもありだ。ニヒリズムも感じる。

石丸伸二がしたいことは「政治をエンタメ化して政治を面白がったり政治に参加する若者を増やす」だけだ。つまり、政策を実行することはしないし、できない(と自覚している)。仮に「政治に参加する若者」が増えても彼らが当選するかどうか、また、仮に当選したらどうやって政策を実行するかなんてことは眼中にない。

226事件以降、政策実行能力のない軍に日本は乗っ取られた。仮に安芸高田市民が石丸に市政を託したように日本国民や東京都民が国や都を託し、石丸一派が国や都を乗っ取ったとして、そのあと、石丸は言うだろう。「俺は政治を面白くしただけだ。政策実行なんて関係ない。最初からそう言ってる」

正しいことをしたい、間違ったことをしたくない…それでは多くの人を幸福にできない。

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