AI安野インタビュー記事(AIが人の知能を超えるのは5年後?)

ニューズウィーク日本版に以下のインタビュー記事。

安野さんは「将来こういうことが起きるからみんなが困らないように、こうやって備えよう」という政治家らしい(というか常識的な)考えの持ち主だということが分かる記事。石丸伸二よりは安心・好感・期待を感じる。もっと突っ込んで、安野さんは民主主義とか憲法をどうすべき、と考えるのか?また、大きく急速な環境変化に対応する一方で守るべきもの、変えてはならないものは何だと考えるのか?について知りたくなる。日本人には絶望すると「負けると分かっている戦争を始める」という非常識がある。民主制では、非常識が常識を上回ってしまうということも起きる…以下抜粋。

シンギュラリティ「任期中に来る可能性高い」 安野貴博に聞いた、AI時代を生き抜くうえで一番大事な力とは?

(前略) 

安野さんにとってAIはどんな存在?

 安野さんにとって、AIとは何ですか? 世間一般では「手が届かないもの」と思う方もいるし、「人間はAIを使役しなくてはならない」と考える方もいらっしゃいます。今はどのあたりの立場を取られていますか?

安野 面白いですね。今のところ、ざっくり言うと三つの立場があると思っています。「AIは神である」「AIは道具である」「AIは友達である」です。私は結構「AIは友達である」という方向性に共感しています。もちろん、それぞれのユースケースや場面場面で変わってくるとは思いますが、ある種「一緒に共生していく知能としてのAIって何なんだろうな」という方向で考えることが多いと思います。

 海外の人に言われたのですが、「日本人は鉄腕アトムやドラえもんに親しんでいるからAIを友達とか仲間とかと思いがちで、人工知能は人に対して良いことしてくれる、助けてくれるという意識が強いのだ」と。安野さんはその点はいかがですか?

安野 自分もそういう文化圏の中で生きてきたので、そのような感覚は自然です。ドラえもんとか鉄腕アトムと聞いて、すっと入ってくる感覚はあります。

アメリカの方は「ターミネーター」などが浮かぶと思うのです。ただ、ターミネーター的な人工知能が出現する可能性もあると思いますが、可能性の高さを考えると「AI自体が暴走して人間に対して悪をなすというよりは、AIを使いこなすAさんとBさんの戦いの中で悲惨なことが起きる」ほうが、例えば国家間の紛争にAIが使われるほうが、たぶん現実的な脅威だと思います。

>>民主主義は終り、戦いに勝ったAIが独裁政治をする、ということが起きるのではないか?また、国家間の紛争も、リアルな戦争に至らず、AIに戦わせて、その勝敗で紛争を収めるといった具合にならないか???日本の国防のためのAIは必要だ。そのAIは、憲法9条を守って専守防衛なのか?それとも侵略も可能なAIなのか?それは誰がどうやって決めるのか?これもAIに決めてもらえばいいのか?民主主義も憲法もお構いなしか?そもそも出来上がった国防AIが専守防衛かどうかなんてチェックできるのか?

  その脅威でいうと、いわゆる「シンギュラリティ」、AIが人の知能を超えてしまう時というのが2045年とか、いやいや2030年代には起こるとか、色々な意見があります。安野さんは専門家として、いつ頃起きそうで、何が起こるから、私たちはそれにどう備えておくべきだと思いますか。

安野 色々な意見がありますが、やっぱり直近の成長がすごいですね。IQが全てではないですがわかりやすいベンチマークなのでそれを見てみると、2024年に私が都議選に出た段階ではIQ96くらいでした。

もうすぐGPT-5が出ると言われてますけれど、今回の参院選ではGPT-o3の段階でIQ 136くらいまで来ています。

*米国時間8月7日に発表済み

 ええっ、1年でそんなに違うんですか?

安野 なのでこの1年だけ取ってみても、能力的には別物になっています。そう考えていくと、来年はまた今のAIと別物になっていると思いますし、意外と早く人間の知能を超える瞬間が来ても驚かないというか、むしろそのほうがあり得ると思っています。

安野 AIを作ってる会社の方々、たとえばOpenAIのサム・アルトマンさんや、Google DeepMindのデミス・ハサビスさんの発言でも、2030年くらいまでには大体できるのではないかと言っているんですよね。

 たかだかあと5年ですよ!

安野 なので私の参議院議員の任期中に来る可能性が高いと思っています。ある種、知的な労働についてはAIの方が全然できるよねという時代が、任期中に来てもおかしくないと思っています。

そうなった時にどういうふうに迎えるべきかというのは、チームみらいとしてもすごく大きなテーマだと思っています。どれくらいの確率で起こるのかは私も100%とは思わないですけれど、10%だとしても「そうなったらこうしよう」というのを考えておくのは大事だと思っています。

でも、それを考えている政治家ってそんなにいらっしゃらないわけです。そこに私は危機感を持っています。我々の提案の1つ目は、AIが使いこなされた社会ではたぶん、すごく儲かる企業と全然儲からない人たちの格差が今よりも広がると思います。今はビッグテックの収益性がものすごく高いじゃないですか。今のビッグテックと普通の中小企業の差よりも格差ができると思うんです。

そうなった時に、トップ10社からいかに課税できるかが非常に大きなポイントです。今のビッグテックには課税回避スキームがあるので、ここは国際協調しながらちゃんとビッグテックのAIプラットフォーマーに対して課税ができるかどうかが大きなポイントだと思っています。

2つ目は、そこで課税したものをいかに早く必要な人たちに対して再分配できるのかだと思っています。今は現金給付ですら数カ月かかったり、そのための事務コストが相当かかったりします。必要な人をすぐに見極めてすぐに再分配ができるという仕組みを作っておかないと、AI時代は「来月に何か新しいモデルが出て、この職業は雇用ダメージをいきなりくらいます」ということが起きる可能性が不確実性でどんどん高まっていきます。そうなった時にスムーズに課税して再分配できるっていう構造になっているかいないかで、社会の安定性は非常に変わるわけです。

>>「所得の再分配」「セイフティネット」という政治の基本項目の一つについて考えているところに、安心感を感じる。一方で、AIが世の中を変えても、政治は一向に変わらない、という事態が想定される。そうなっても、安野さんは日本を見捨てないのか?また、「職を失った人、儲からなくなった人に所得を再分配する」という”民主主義”的な考えがなくなって独裁者が全てを独り占めするようになるという恐れも。安野さんは独裁者側に回る、ということはないのか?

デジタル時代、個人に必要なことは?

 個人としての備えはどうしたらよいですか? 個人としてはまだピンと来てない人が多いというか、「人よりもAIが賢くなってしまったら、自分の仕事を取られちゃうかもね」ぐらいのふわっとした感じでしか捉えてない方が多いと思います。

今のうちにAIをこうやって使いこなせるようになっておくべきだとか、何かアドバイスはありますか?

安野 過渡期においては、ピンチもありますけれどチャンスもたくさんあると思います。一番重要なのは、宣伝になりますけれどやはり「はじめる力」だと思っています。

AIが賢くなればなるほど、人が「これをやりたい」とさえ言えば、「それならばこれをこの順番にやっていくとよいのではないですか」とサポートしてくれるようになるわけです。

そうなった時に、一番重要なのは「どこをやりたいか」「何をやりたいか」「どこに自分たちは向かうべきなのか」を見極める力、そしてそれを実行に移す力だと思います。そうすれば、色々と変化が激しい時代においても、その中で出てくるチャンスを掴めるようになるのではないでしょうか。

 私もこの『はじめる力』を読んで、とても印象的だったのは「ルートが大事ではなくて、コンパスと軌道修正が大事」と言っている部分です。今の時代は「この1つの道しか進めない」と思い込んでしまうと、まかり通らなくなってきてしまったのかなと感じました。

安野 まさにそうです。不確実性がすごく高いので、最初にがっちりと「この道をこう曲がってこう行くのだ」と決めていたとしても、進んでいる間に地形がバッコンバッコン変わるわけです。

だとしたら、やはりそのコンパスでちょっとずつ軌道修正していくという近づき方のほうがいいと思います。

>>歌舞伎役者や能・狂言師(あるいは政治家)のような「生まれた家を継ぐ(世襲)」とか、「この道一筋」という職人になる、という生き方は消滅するのか?家を守るとか、崇拝する師匠・祖先に一歩でも近づこうと修行する、というのは日本の伝統だ。これを否定すると天皇制の否定となる…そうなっても、日本人は憲法を変えずに、”解釈”で誤魔化すのか?

現時点での人生のゴール

 安野さんはマニフェストもそうですし、今回の選挙期間中も柔軟にビジョンなども変えてらっしゃいましたが、現時点(25年8月6日)での人生のゴールはどこに設定しているのですか。

安野 人生のゴールは難しいですね。私は、ゴールとして点を想定するよりも、プロセスとしてこういう状態であり続けるというほうが重要だと思っています。

たとえばゴールの設定を、分かりやすい例として「ラーメン屋を開く」とすれば、開いた後はどうするんだという問題がありますよね。その都度ゴールを探していくのもよいのですが、それよりは自分が解きたいと思う問題を解くことに集中できる状態を作るとか、何か自分がちゃんとそれを楽しめている状態を維持するとか、状態ベースでそこに向かっていったほうがよいのではないか。そんなふうに考えているかもしれません。

 最終的に最善なことができるように、その時その時に最善を尽くせるような、場作りとか、スキル磨きとかをしていきたいというような感じですか。

安野 そうですね。私は「何かに備えてこのスキルを磨いておこう」というようなことをあまりしたことがないんです。「これをやらなくちゃいけない」という時に、もちろん素人なりになのですが、そのスキルを急速に頑張ります。

たとえば今回も、応援演説とか、街頭演説とか、そんなことはやったことがないわけじゃないですか。これは過去に準備しておくことも不可能なわけです。大学生ぐらいの時に「将来、政治家になるかもしれないから街頭演説の練習しておこう」とはならないですよね。

今後は「予期しないことがスキルとして求められる場面」が社会全体として増えると思います。そうなった時は「何かが来た時に備えて準備する」というよりは、「必要になった瞬間にそれを急速にキャッチアップする」というメタスキルのほうが大事だと思います。

>>生まれ落ちた時から「お前はこれになる」と親に決められてしまう人生はダメか?例外的かもしれないが、中学高校生のときに「将来これになろう」と決めてその道に進むという生き方をする若者もいる。日本人には「昨日まで天皇陛下万歳、今日からマッカーサー万歳」と変われる究極のメタスキルがある。伝統的に変わらないのは「お上」任せという点だ。安野世代は、戦争で負けて降伏するなんていう「生きるか死ぬか」みたいな大それた変化ではなく、このビジネス、この会社、この仕事がトレンドだ、といった軽い変化に軽~く対応しようと言うノリだ。

(後略)

閑話休題:

「5年後と言えば俺は76歳…ま、いいか。」と、例によって、”滑り込みセーフラッキー”を密かに喜ぶ。とてもじゃないけど、AI時代が俺にとっていいい時代とは思えないし、AI時代に俺が役立つとは思えない。「76まで生きれば、ま、死んでもいいか」だ。仮に、AI時代に入っても生き続けるのなら家や貯金や株や…資産をどうするのか準備する必要があるだろう。

大きな変化に子供たちの世代は苦労するだろう。でも、今の閉塞感・絶望感は晴れて明るい未来を信じられる活気のある時代が待っているのではないか。

孫の世代はどうなるのか?想像がつかないが結構幸せかもしれない。

日本の近現代を振り返れば:

1867年に幕藩政治が終わる。(大政奉還・翌1868年王政復古)

78年後の1945年に大日本帝国は終り、7年間の占領を終えて、

1952年に”民主制”が始まる。78年後は2030年、つまり5年後だ。民主制が終わって独裁制が始まる?

2025年は占領されている年か?そうじゃアないように思う。占領なしでいきなりAI時代を迎えるのか?1850年代以降、大政奉還に至る前にはテロがあり、内戦があった。1930年代以降、”民主制”に至るまでにもテロと戦争があった。2025年現在、SNSによるテロはすでに起きている。すでにネット上での”内戦”は起きていると見るべきか?いやいや、2030年までに複数のAIが戦って勝者が支配者となる、という内戦が起きる、と考えるべきだろう。

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