穐吉敏子の94年 Long yellow road

穐吉敏子の名前は知っていたが、特別好きではなかった。

俺にとっていいと思える演奏が残ってないからだ。レコードも1枚も持ってないと思う。

NHKの穐吉敏子の94年 Long yellow roadというドキュメンタリー(伝記)番組を見た。

番組で流される音楽は相変わらずいいとは思えないが、ただ、一つだけ感心したのは、

彼女がビッグバンドを始めた1970年代、アメリカ人でも白人でも女のバンドリーダーなんて珍しかったということだ。元々ジャズなんて黒人男性がやるものだった。そんな中、日本人女性が先駆者になる。今でも女性バンドリーダー史上No.1ではないか。彼女を見たアメリカの少女たちが彼女に憧れ、後に続いた。それに気づかされた。

そもそもは1956年、26歳の彼女が音楽学校に行くため単身日本からアメリカに渡る、という想像を絶することをしたのが始まりだ。根性が座ってる。偶然か分からないが、1956年はアメリカのモダンジャズ絶頂期だった。このタイミングで渡米したのは素晴らしかった。

番組は最後の方で、戦争反対みたいな話になるが、そこは敏子さん「皆に愛し合って欲しいとは願わないけど、我慢し合って平和にならないかな。そう思う人は多いと思う」と言う。

押しつけがましく「平和を願わない奴は人間じゃない」「二度と悲惨な戦争は…」などとは言わない。そこが気に入った。一筋縄ではではいかない満州帰りだ。

彼女は1929年満州生まれ。なかにし礼、赤塚不二夫…満州生まれの芸能人、芸術家はかけがえのない人が多い。なかにし礼は「自分は満州で日本に捨てられた」という恨みというのか特別な日本国に対する感情を引きずっていた。そういったものが満州出身者には通底してるのかもしれない。

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