岡本勝「禁酒法 酒のない社会 の実践」を読む

 禁酒法とは、メイフラワー号以来、アメリカに伝統的にあったピューリタンの極端な禁欲主義が第一次世界大戦後の行き過ぎた理性主義・進歩主義と結びついて行われた実験で、その結果、酒を飲みたいという人間の本能・業は法律に勝つということが実証されたもの、と思っていた。それがそうでもないよ、禁酒法が成立・廃止するには、それぞれ経済的、政治的な背景があるんだよ、と教えてくれる本だ。

禁酒法は、酒類を飲用目的で製造・販売・運搬・輸出・輸入することだけを禁じた。逆に言えば酒を買うこと、貯蔵すること、飲むことは無実だった。法律発効前に何年分もの酒を買って貯蔵した者もいた。

元々

①ピューリタンが禁酒でなく、飲みすぎを失くそうと節酒を呼びかける運動はあった

②19世紀、産業革命が起き、資本家は酔っ払っていない「素面」の労働者を好んだ。

③1840年代以前は移民の中心はプロテスタントのアングロサクソン(WASP)だったが、1840年代後半以降、カトリック系のドイツやアイルランドの移民が増えた。彼らは寄り集まり、徒党を組んで大酒を飲んだ。このような新しい、異質な移民をアングロサクソン系移民は排斥・取り締まろうとしたが、南北戦争で中断した。20世紀に入ると東・南ヨーロッパ系移民が増え、再びWASPの排外主義(NATIVISM)が起こったが、飲酒そのものより、売春や政治的腐敗の温床になる酒場をつぶそう、という運動に変わって行き、そのターゲットは過当競争に陥った酒場を系列化したビール会社になっていった。禁酒派にも様々な禁酒の考え方があって、妥協の結果、酒を飲む者は罰せられず、酔いの原因を作った者が罰せられるという煙草同様の法律になった。

成立には

1917年の第一次世界大戦への参戦が引き金になっている。国民には戦時の禁欲や自己犠牲を受け入れる素地ができた。そして禁酒法のターゲットとなったビール会社の多くは敵国であるドイツからの移民が経営していた・・・参戦の8か月後の1917年12月に禁酒法(憲法18条)が議会を通った。

成立後も評判の悪い法律だった。最大の原因は取り締まる側の警察の腐敗だった。賄賂は横行し、また警察官が密売人になることもあった。

そして、売る側だけ罰するという無理。アルカポネも売る俺が有罪なら買うヤツだって有罪だろう、と言っていた。

1929年世界恐慌の年、エリオットネスがアンタッチャブルを組織した。アンタッチャブルとは「賄賂が効かない」の意だ。1931年アルカポネは捕まったが、捕まった原因の一つは、恐慌で賄賂資金がなくなったせいだ、とも言われる。

アルカポネはその両親が1893年にナポリから来たイタリア系移民だった。1880年以前に来た北・西ヨーロッパ系移民との対比で新移民と呼ばれたポーランドやイタリアといった東・南ヨーロッパ系移民は恵まれず、ギャングや芸能関係者も多かった。

税収の30%以上を占める酒税がぜロになる代わりの税源として政府が所得税や法人税を増税しようとしたので、デュポンやGMの重役といった金持ち連中が禁酒法を廃止しようとプロパガンダを流した。

廃止のきっかけは:1929年に

禁酒派のリーダー、南部メソジスト教会の監督・ジェームスキャノンの金や女に関するスキャンダルが報道され、、また、世界恐慌が起きて、1920年代の米国の好景気(繁栄)は、禁酒法のおかげだ、という神話が崩壊したことだった。

禁酒法は支持を失い、最大のスポンサーだったロックフェラー2世も「おいしい酒を自由に飲むという個人の権利が踏みにじられたと腹立たしく感じた善良な市民の多くは、公然と、そして後ろめたさを感じることなく、第18条を無視するようになった。その当然の結果として、法律全般に対する尊重の念もほとんど失われてしまった。犯罪が前例のないほど多発している。」と述べて反禁酒法に鞍替えした。1932年の大統領選挙で態度を鮮明にしなかった民主党大統領候補F・ルーズベルトも選挙戦途中から反禁酒法を主張し始め、禁酒法を支持する共和党の現職大統領フーバーを破った。

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この本で白人の移民にも差別があることを知った。偉いのは第一陣のWSAP。次いで2番目のドイツ・アイルランド。そして一番最後のイタリアや東ヨーロッパ(のユダヤ人を含む)は最下層だ。

大統領の人種という切り口で見ると、アイルランド系クリスチャンで初めて大統領になったのはケネディだった。そして黒人のオバマ。民主党は大統領の人選には画期的なことをする。

ドイツ系初の大統領はケネディーの前任者、共和党・アイゼンハワーで1953年から8年間大統領だった。第二次世界大戦のヨーロッパでの功績を考えれば、大統領にふさわしいとも言えるが、ドイツ人差別はあったのではないか??Wikipediaに「1920年に少佐になってから中佐に昇進するまで16年を要し、第二次世界大戦勃発時には一介の中佐にすぎなかったが、その後わずか5年3ヶ月で元帥に昇進した(1941年3月大佐昇進、同年9月准将昇進、1942年3月少将昇進、同年11月中将昇進、1944年大将昇進)。これはアメリカ陸軍史上空前の記録であった。」とあるが・・・

閑話休題:

トランプは、ドイツ系であることを逆手にとって、「ディープステート=イギリスによる米国支配/米国弱体化を目的としたWASP系グローバリストの集団」という陰謀論を利用している。またWASPの取り澄ましたエリート意識、WOKEをこき下ろし、労働者の味方を強調している。黒人の支持者がいるのも、WASP主導のきれいごとの人種差別撤廃論・ダイバーシティー論よりは、被差別ドイツ人の本音の方がまだまし、ということか???


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