東京新聞の説く民主主義を論難する
東京新聞に<社説>週のはじめに考える 排除が壊す社会の「連帯」 として以下:
>>部は俺の難癖
屈強な男たちが、不法移民とされる人たちを力ずくで連行していく。厳しい移民政策を掲げるトランプ大統領の米国で、当局による手荒な摘発が行われています。
民主主義国で起きていることかと目を疑いますが、人ごとではないと感じさせる参院選でした。
「日本人ファースト」を掲げた参政党をはじめ、与党を含む各政党が外国人に対する規制強化を公約に掲げ、支持を集めました。
よく分からない他者に対する不安感と、自分の生活が一向によくならない不満をないまぜにして、自身の不安や不満を、自身と異なる者を排除するという主張に転換してぶつける。
不確実な社会で生きづらさを感じているとはいえ、他者を排除する意識は対立と分断を生み、社会を崩壊に向かわせます。
>>民主主義とは自由・平等・選挙だ。外国人が不当に自分たちの金を奪っているなら、その金を取り戻せ、というのは単純に平等を求めることだ。大企業や金持ちが奪った金は当然返してもらうべきだ。そして外国人や大金持ちや大企業からから金を取り戻せ、という主張を聞き入れてくれる人に投票する自由がある、それが民主主義だ。
◆背景にある貧困と格差
不安や不満を感じる理由としてまず考えられるのは、貧困化や格差の拡大です。
生活意識を尋ねた政府の国民生活基礎調査で「大変苦しい」「やや苦しい」と答えた人は1990年に3割台でしたが、バブル経済が崩壊した91年ごろ以降、比率は上昇。98年に半数を超え、東日本大震災が起きた11年には6割を上回りました。今も6割近くが苦しさを感じています=グラフ。
>>これはたちの悪いフェイクだ。「苦しいか?」と聞いたら6割が「苦しい」と答えた、というのはファクトだろう。だが、「苦しい」とは何か?苦しいと答えた人が増えたのは単に人々の忍耐力が落ち、甘えん坊が増えたからかもしれない。1990年にスマホなぞ使う者は少なかったろう。今、「苦しい」と感じる人はスマホに何万円使っているのか?1900年に自炊していたものを高い金出してコンビニで買っていないか?家賃が高けいと不満を言いながら都心に住んでないか。
格差の拡大には、社会の階級化が影響しています。
早稲田大の橋本健二教授は著書「新しい階級社会」で、経営者など資本家階級▽自営業者など旧中間階級▽管理職・専門職など正社員である新中間階級▽新中間階級以外の正社員である労働者階級の4階級に加えて、パート主婦以外の非正規雇用者を最下層の新階級「アンダークラス」と分類し、約890万人いると指摘します。
新階級には経済力だけでなく、ひとり親世帯やひきこもり、メンタル疾患など生きづらさも抱える人が少なくありません。
社会の階級化は周囲との交流を断ち切り、孤立を促します。他者への信頼感を失わせ、隣人の姿を見えなくします。
先ごろ公表された国連などによる「世界幸福度報告書」で、日本の幸福度は55位にとどまりました。「見知らぬ人への支援」など「寛容さ」が低いと指摘されました。
困窮と孤立は心の余裕を失わせます。他者のことを考えられなくなり、自分を優先させる「自分ファースト」の発想に追い込まれます。自分優先が社会に広がれば、支え合いの基盤となる連帯意識を傷つけかねません。
>>ウツという言葉ができるとウツ病患者が生まれる。世の中にたくさん引籠りがいる、と分かれば自分も引籠りたくなる。ご立派な国連様の調査だかご報告が何だろう。「幸福度」って「あなたは幸福ですか?」って質問してその答えを元にはじき出すのか?55位だろうが1位だろうが意味はないだろう。民主主義が進めば自由があふれ、自分優先になるから他人への寛容さなんてなくなる。つまり、民主主義・自由と連帯意識は相いれないなんてことはハナから分かっている。
その影響を最も受ける分野が社会保障制度です。年金、医療、介護、子育て支援、社会福祉などは国民が支払った社会保険料や税を財源に、困難に直面した人に必要な給付を再分配する仕組みです。国民の連帯がなければ制度を支えることはできません。
ある国会議員は、先の通常国会で年金制度改革を議論していたとき、有権者から「老後資金は資産運用で用意するから、年金制度は廃止してほしい」と言われ、困惑したと話します。
厚生年金は運用する資産のない人も負担能力に応じて保険料を支払い、給付を得る仕組みです。医療も現役世代の支えがなければ、高齢者の医療費を賄えません。
しかし、現役世代は現行の社会保障制度は高齢者に厚く、自分たちは将来、再分配の恩恵が得られない、と感じています。
>>東京新聞社説氏の考える通り、日本人は再分配の恩恵が得られないまま大人しく、じっと我慢してるだろうか?平等に分配しろ、と求め、法律も作法も礼節も放り出して我慢するのをやめ、自由に自分の取り分を要求すれば、暴動・争いが起こったり独裁者が現れたりするだろう。それが民主主義の行きつく先だ、とは2000年以上前にプラトンがソクラテスの口を借りて言ったことだ。そして90年前に日本人がしたことだ。
100年前、日本でも自由や民主主義が花開いた。それが醜い政党の足の引っ張り合いとなって、そこに恐慌が起きて国民は民主主義・自由に絶望し、軍の独裁に身を任せた。その結果は惨めな敗戦だった。しかし、日本人は絶望の淵から立ち上がることができた。つまり、軍の独裁に身を任せ、負けると分かっている戦争を始めて惨めに負けることは「ご破算」だったのだ。俺は近い将来、日本に再び「ご破算」がやってくると思う。その後、再び絶望の淵から立ち上がれるかどうかは分からない・・・80年前は天皇という神様が何とかしてくれた・・・
現行制度は現役世代に広がる格差の「防波堤」の役割を十分に果たしておらず、それが、保険料や税の負担に対する不満や制度への不信につながっています。
自分だけが良ければいいとの発想が広がれば、周囲に「助けて」と言えない、生きづらい自己責任の社会に行き着きます。
不安や不満を解消するため、社会保障制度を不断に見直すことは政治の責務であり、それを促す当事者は、私たち自身です。
◆矛先は弱い人に向かう
少子化が深刻な日本では人口減少が進んでいます。社会や経済のさまざまな制度を維持していくには、それを支える人が必要です。人口減の社会では外国人も隣人として受け入れ、共生する発想が欠かせません。
排除の矛先はこれまで在日韓国・朝鮮人、生活保護受給者、性的少数者(LGBTQ)、障害者などに向けられました。いずれも社会の少数者で立場の弱い人です。
社会的分断を扇動する政治手法が、新たな排除の対象をつくり続けることを忘れてはなりません。私たちが目指すべきは、排除と孤立とは対極の「連帯」なのです。
>>自由平等とは、新たな排除の対象を作り続けることと同義だ・・・外国人、金持ち、大企業・・・大正デモクラシー華やかりし頃は親なんてのも・・・
そもそも社会や経済のさまざまな制度を今のレベルで維持していく必要があるのか?人口が数千万減っても構わないのではないのか?この点、石丸君が盛んに言う「持続可能」とは何を持続したいのか?・・・石丸君にも是非聞きたいところ・・・百年先まで、10年ごとに、日本の人口は何万人で、何をして食っていく、という構想を誰か語ってくれないか?できれば会社でプレゼンするみたいにパワポでプレゼンしてくれないか?人口がどんどん減るに任せて何が悪いのか?鎖国はいけないのか?たった何百年前、日本は数千万人の人口を農業で支え、戦争もせず、平和だった。それじゃあまずいか???ウツもハラスメントも、引籠りもスマホも、コンビニも自衛隊も核兵器もなかった・・・その代わり姥捨てはあったし、寿命も今の半分くらいだったかも知れないけれどそんなに人々は不幸だったか?その位の生活が自然の摂理の定める人類の暮らしではないか???鎖国した上に憲法9条を愚直に守って非武装中立・・・どこかの国に攻められたら即降伏・・・それも「ご破算」じゃあないか???
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