池田晶子の言葉「究極の死に方上手」

 生まれた限りは死ぬまでは生きているもので、どうしてそうなのか分からないのでもあれば、生きても死んでも大差ないではないか、基本的にそう思っているので、生きるため生き残るためにそうどうするという発想が、どうしても出てこない。(略)究極の死に方上手というのは、死に方なんぞ知ったことかという死に方であるに違いない。

>>

生きても死んでも大差ないんだが、だからこそ、善く生きてやろうじゃねえか、が池田昌子。そう考えることを彼女は「奇跡」と呼ぶ。会社員時代、会社を生き載らせるためにどうする、こうするなんてやってたことを思い出す。会社だって、死んだって構わねえと思わないわけではないが、関係者が多過ぎて自分の命のようには行かない。人が群れて作った社会ってやつは度し難い。


コメント

このブログの人気の投稿

”関口宏の一番新しい近現代史”を見る

長嶋追悼:広岡さん

Art Pepper "Violets for your furs"を聞く