池田晶子の言葉「内なる善悪を問う」

 倫理すなわち善悪の問題は、本当に難しい。難しいのは、それが難しいゆえに何らか外在的なものに委ねてしまいたい、その誘惑に抗するのが難しいのである。道徳、法律、または宗教、そんなものに善悪の判断を委ねてしまえばラクである。しかし、判断の放棄とは、自由の放棄である。人生の自由を失いたくないのなら、人は、自ら内なる善悪を問い続けるしかないのである。

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コンプライアンスやポリティカルコレクトネスはラク・便宜だからか。そんな便宜を自己目的にする輩もいたなあ。へそ曲がりな俺は、自分以外の基準は拒否したが・・・

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