真善美
「しんぜんび」と入れたら「真善美」と変換された。つまり、真善美という言葉は完璧に忘れ去られたのではない、ということが確認されたわけだ。だが、真善美はほとんど死語だ。数十年前までは真善美という普遍的で永遠に続くもの(普遍的で永遠に続く”べき”もの)がある、と信じられていた。
善と美は20世紀に「科学」の挑戦を受けて大きく揺らいだ。真は21世紀、インターネットやAIの挑戦を受けて危なくなっている。
科学によって資本主義の矛盾は止揚され人間は幸福になると信じられてロシアや中国で「革命」(実態は資本主義未発達の国で起きた単なる政権争いだったようだが)が起きた。何十年かの内にその、理想を実現するはずの「善なる革命」は嘘・失敗だったことが判明した。新しいエネルギーとして原子力エネルギーが生まれたが、人間を幸福にするはずの善なる原子力は冷戦の結果、地球を何十回(何百回?)も破壊できるほどの大量の核兵器を生んだ。夢の新物質であったプラスティックも今や諸悪の根源だ。
昔ながらの”美”も、絵で言えばピカソやダリ、キリコ、マグリットといった抽象派やマルクス、フロイトの影響を受けたシュルレアリスムの画家の挑戦・攻撃を受けた。音楽で言えばストラビンスキーやシェーンベルクの無調が伝統的な「美しい音楽・和音・調性」に対して提示された。シュルレアリスムや無調は、それまでの絵や音楽が人間に幸せを感じさせたりリラックスさせる効果があったのに対し、人間を不安にし、落ち着かなくさせた。
20世紀と言う世紀は「善であり、幸福をもたらすはずの『ロゴス・科学』が不善をなし、不幸をもたらすこともあるのだ」ということが実証された世紀だった、とも言える。面白いのは共産革命、原子力にかかわった人たちにはユダヤ人が多かったことだ。だからユダヤ人は…とも言いたくもなるが、正確に言えば彼らの生み出した過激・過剰な力を持ったものが間違った使い方をされた、と言うべきだろう。
そして真。トランプやプーチンは今までのメディアはフェイクだ、と言う。そして自ら嘘やフェイクと思しき情報ををまき散らす。彼らの狙いは明確だ。彼らの怪しい情報に賛同する人間が数千人万単位でいるから民主主義社会では大きな力になる。大統領にだってなれる。賛同者が圧倒的多数に達さなくてもよい。彼らの言うことが明確に嘘だ、と断定されなければそれでよい。つまり、彼らと彼ら以外、どちらの言うことが正しいのか、「真」とは何か?が分からなくなればいい。昔ながらの「真」の力が弱くなり、信じられなくなれば、彼らに勝機・商機が生まれる。インターネットは真かどうかなんて関係ない。SNSは「いいね」がつけば拡散する。真善美とは無関係にAIは「いいねがつくかどうかアルゴリズム」で動く。
AIはすごいと思う。人間が何十年何百年かけて蓄積してきた経験、実績、知見、知識…を一瞬にして(秒で)選び出す。ただし、もちろん、あるフィルター、バイアスがかからないと膨大な情報から「役に立つ」情報だけをピックアップすることは不可能だ。(アルゴリズム…ただし、誰の役に立つのか、そもそも役に立つのかどうかは分からない)だからといって、AIを馬鹿にしたり、怖がったり嫌うのは筋違いだ。だって、AI以前の人間は原子力や共産革命やプラスティックに夢や理想や善を見たのだから。つまり、新しく生まれたものが役に立つのか、人間を幸福にしてくれるのかについては、AIも人間もフィルターやバイアスを通して見て考えるしかなく、その結果、間違えることもある。
さて、21世紀も引き続き、「永遠に続くもの」、「みんなの役に立つもの」、「普遍的なもの」って肩身が狭くなるのかな?俺を含む多くの人は「真善美」を求めているんだと思うけど。20世紀それが裏切られたものだから、何を信じていいのか分からなくなっちゃたのかな?
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